
白衣のこれからの目標
資金が不足していた。
スタッフがばらばらになり、支配人たちは履歴書をライバル会社に送りつけていた。
T氏は一人残され、とうとうイタリア語を英語に訳してくれる人も、コーヒーをいれてくれる人さえいなくなってしまった。
しかしT氏はアメリカ人だ。
この惨状のいい面を見つけていた。
崩れゆく組織で働くことにもいい面がある。
自由にものを創ることができる。
そして、これがもしかしたら彼のキャリアにおける大きなチャンスになるかもしれない。
グッチの制作部門に一人きりになって、T氏は矛盾を含む独自のファッション観を実践していく。
彼はマーケティングの専門家としてラインを描いた。
人を飽きさせることなく、大きく飛躍するために、T氏は「短い線分」の技術を完成させ、「発展していK氏」を開発する。
こうすることによって、顧客はつねに新しいものがあるような感じをいだくようになる。
一九九〇年ごろからすでに、T氏は大きなブランドが世界規模、グローバルでなくてはならないことを理解していた。
彼はグッチの再発展が世界規模でおこなわれることを望んだ。
そして、このような規模で新しい。
フランを発表するには、皮革製品だけでは不充分だった。
この分野はつねに横ばいだからだ。
M氏が九〇年代のはじめに開発した既製服部門にすべての力を集中させるべきだ。
F氏はこの分野を完全な戦闘機械に変えていく。
既製服部門は今まだこのグループの売上げの一〇パーセントにしか達していないが、F氏がメディアを最大限に利用したファッション・ショーを定期的におこなうことによって、大衆の中枢神経にグッチのイメージをひっきりなしに植えつけていくことになる。
この植え付けのための道具、つまり注射器は、宣伝キャンペーンだ。
T氏にとって、広告は「究極のデザイン」、製品を完璧に仕上げるものだ。
彼はすべての撮影に参加する。
その撮影はだいたい側近のうちの二人によっておこなわれる。
スタイリストのK氏とペルー人のカメラマン、M氏だ。
キャンペーンからショーにいたるまで、グッチの新しい「ルック」が顔を出しはじめる。
性、権力、金がなんのてらいもなく、堂々と表現される。
このルックをみんなが気に入るかもしれないし、気に入らないかもしれない。
しかし、確かなことが一つだけある。
世界じゅうの上流社会が、一瞬にして、これがグッチだと認識するのだ。
傾きかけていた皮革製造業の店を、T氏は高級品の多国籍企業にする。
彼はほとんどの場合、自分の野心を隠すことに成功しているが、それでも時には機会を見て、会長のD氏は会社の産業戦略と経済戦略に目を光らすことができても製造部門に口を挟むことはできないのだと、匂わすことを忘れない。
この二人のあいだに、やがてギリシャ悲劇のような対立が起こることになる。
F氏は大金持ちだ。
彼のストック・オプションは最低に見積もっても一〇億フランの価値ファッション界の黒のプリンスは、都市から都市へとハリウッドスターのように飛びまわる。
四〇歳を前にして、T氏の所有する不動産は驚異的なものだ。
彼はロサンゼルスの高台にコンクリートとガラスでできた豪邸をもっている。
設計はR氏によるものだ。
また、今や、がある。
グッチが現在本部をおくロンドンにはマンションをもっている。
セーヌ川沿いにもオフィスがあり、S社の仕事をするときに寄る場所だ。
さらに、ニューメキシコの石の砂漠地帯の標高二五〇〇メートルの高地に祖母のために建てた家。
澄んだ空気、紺碧の空、あたりには誰もいない。
彼が言うには、そこでもっと長い幸せな時聞を、パートナーのファッション・ジャーナリスト、R氏とともに過ごしたい。
そしてR氏は子供を欲しがっていない。
ストック・オプション会社の幹部社員に報酬として与えられる自社株購入権。
決められた価格(行使価格)で自社株を購入できる権利のこと。
R氏が友人たちとともにやってきた。
彼はほかの人たちより頭ひとつ背が高いので、誰もがこの俳優の姿を見ることができる。
これは優秀な広報担当なら誰でも使う手法だ。
背の高い有名人を招待する。
そうすれば新聞記者たちは必ずやってきてスターの姿をとらえようとする。
まるでボディガードのように歩きまわる執事がイヤホンをつけて、入口を見張っている。
黒いズボンに、黒いシャツの襟元をはだけた姿のウェイターたちが招待客たちのあいだをすりぬけ、ウォッカトニックや斬新な形のプティフールを差し出したり、時計を見せたりしている。
イタリアの皮革製造会社の新しいブティックが、パリのロワイヤル通りにオープンする。
今夜はその記念式典だ。
招待客たちは、同性愛色が強く表われたポスターで発表された下着が並ぶ台の前を、行ったり来たりする。
そして、婦人用コートのコーナーの周囲から流れるロックミュージックのリズムに身を揺らす。
雰囲気は優雅で、冷ややか、少し気取って、ユニセックスだ。
つまり、まさにグッチ。
二階の人混みはさほど多くない。
遠くからだと、ほっそりとした首の背の高いブロンドの女性が、上半身裸のように見える。
極限まで軽やかにした薄い布に被われた胸が白いシースドレスから現われていて、そのすぐ近くにD氏の顔がある。
しかし、グッチのCEOはたえまなく独自のブランド戦略を繰り広げていて、そばにいる二人の若者が、これ幸いとあの美しくも近寄りがたい女性につきまとう。
モデルは顔の筋肉ひとつ動かさない。
これもとてもグッチ風だ。
偉大な経営者D氏は、すでに何千回も繰り返したことを再び静かに説明する。
世界じゅうのブティックで、グッチのコンセプトはどこでもまったく同じでなくてはならない。
どのブティックでも、三万フランの子供用のミンクのコートはエリアの同じ場所に飾られる。
一万二〇〇〇フランのおそろいの毛皮帽の隣にである。
このようにグッチには独特の決まりごとがある。
D氏が徴笑んでいる。
もしかしたらクリスマスを数日後に控えたこの日、グッチ・グループの売上高を知らされたからかもしれない。
二〇〇〇年の第三・四半期の売上げは前四半期に比べて倍増し、六億一五〇〇万ドルに達した。
これは比較的小規模なグループの利点だ。
驚異的な成長率を示す数字を発表することができるのだから。
この発展戦略において、グッチのブティックは、同じ目的を達成するためのもう一つの手法だ。
ブティックが多ければ多いほど世界じゅうの最も裕福な都市の最もいい場所にあることと、大々的に宣伝されていることが絶対条件だが、この方法ならばより多くの数を売ることができる。
これは絶対だ。
なぜなら金持ちはますます金持ちになり、その数はますます多くなっているからだ。
現代の高級品の世界において、ブティックは戦いの中枢だ。
たしかにグッチのブティックはアメリカ風に機械的なところがある。
パリジャンなら茶化すようなきらいがある。
「T氏は結局、ショーウインドーのディスプレーをしているだけじゃないか」と、言われてみればたしかにそうである。
しかし、ディスプレーの巨匠だ。
F氏によって細かい点まで考えられたブティックは、すべて完璧なまでに同一だ。
たとえばヴィトンのように、出先の国に合わせて民族的な色合いを出すことなど絶対しない。
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